種々の運動競技の発達とともに、旭川においてもそれらに対応した施設が必要となり、現在地に昭和4年、大蔵省から15.5haの土地の払い下げを受けてグランドの新設に着手し、昭和7年には野球場が建設されました。同年旭川で初めての「全国中学校野球大会北海道地区予選」が開催され、旭川中学校(現旭川東高等学校)の主戦投手としてビクトル・スタルヒンが登場しました。
その後、プール、テニスコート等が建設され、昭和16年に近文公園として開設されました。戦後には施設の改築などを行ってきましたが、施設の老朽化、都市への急激な人口集中、市民の体育・レクリェーション需要の量的増大とともに、質的にも多様化してきたことから、昭和51年に本公園の全面的な見直しを行い、既存の公園に併せ隣接する旧競馬場用地等の取得により計画面積31.3haの運動公園造成に着手し、平成2年度には、ビクトル・スタルヒンの名を冠したスタルヒン球場をはじめ、全競技施設の設備が完了しました。
※公園名変更 近文公園 → 花咲スポーツ公園 (平成3年4月1日) |